マズロー先生が「マズローの欲求5段階」として知られる”A Theory of Human Motivation”を発表したのは1943年だそうで、現代社会でも未だに通用する普遍的概念をこんな昔に思いつくなんてほんとに洞察力すごいなと思います。
しかし、よく考えてみると上には上があり、「源氏物語」が書かれたのは1000年以上も前の平安時代。にもかかわらず、その内容は現代の少女漫画の設定そのもの!もちろん登場人物の心理描写も現代の価値観で完全に理解・共感できるものです。
(注:すみません。私は大和和紀先生の「あさきゆめみし」しか読んでいないのにも関わらず物知り顔で源氏物語を語っています)

後に光源氏の母親となる桐壺の更衣は身分はそんなに高くないけれど美しい。そこにたまたまお忍びで来た帝に見染められる...もうこの導入からして少女漫画の定番設定!
人々が物語に求めるものって、こんなに1000年も前から変わらないものなのですね。
美少年から美青年へと成長した光源氏。友人である同じく美青年の頭の中将の君。舞を舞う二人。うっとりしつつ感嘆の溜息を漏らす周りの女性達...アイドルユニットじゃん! こんな1000年も前からアイドル推し文化がもうあったのですね。
高校生の時、古文の授業で「ちごの空寝(そらね)」というお話を習いました。
お寺に小さい男の子が暮らしていて(たぶん孤児なのでしょう)、お坊さんたちが夜に「ぼたもち作るぞ!」と言うのを耳にしたものの、出来上がるのを待って寝ないのもいやしんぼと思われるかもしれないので、寝たふりを決め込む。ぼたもちができあがったので、お坊さんが「ぼたもちできたよー」と声をかけてくれたのに、すぐに返事をしたのでは寝たふりのいやしんぼと思われるから、もう一回声をかけてもらったら起きようと決める。しかし、「よく寝てるねー」と気を遣ってくれたお坊さん達はもう2度と声をかけずにぼたもちを美味しそうに食べる。男の子はその食べる音を聞いているのが我慢できずに、もうだいぶ時間が経ってから唐突に「はーい」と返事をしてしまう。
という小話なのですが、これを講義してくれた時の古文の先生の言葉は、「この男の子の『こう思われたら恥ずかしい 』という心情と行動は皆さんにも理解できるでしょう。人の本質には大昔から変わらない部分があります。それが垣間見えるのが古文の醍醐味です。」というもので、未だに覚えています。O熊先生ありがとうございました。
どうせ人の本質なんて何千年も変わらないのだから、何か変わろうとするのもうやめようかな、と言う気にもなってきます。
が、おそらく1000年前の人達も変わりたくて変われない自分や言うことを聞かない我が子や共感してくれない配偶者に日々悩んだことでしょう。
なので、私も同じ道をたどることにします。
色々なブログや本を読んで「そうそう、これこれ!」と思いながら。