「終の住処はどうしたんだ?」と思う読者様のことをすっかり置き去りにしてしまって申し訳なかった前回の記事(その1)では、相輪の組成を突き止めるまでの話が長すぎて本題に入れませんでした。
tsumipro.hatenablog.com
そもそも、8月の家族旅行で薬師寺を訪れ、新調したばかりの東塔の相輪が西塔の相輪よりも古く見えたことに疑問を感じたのがこの記事の発端でした。
今回はいよいよ本題です。
いきなり結論
2017年(平成29年)6月のこと、薬師寺東塔の相輪主要部分(水煙、竜車、宝珠)を新調することに決めた臨時委員会*1。
その要求は4つありました(参考文献1)。
-
材質は、分析で得た古代のレシピに従う。
-
鋳型の原型制作は、原則として3Dデジタル計測のデータを用いて、オリジナルと同形同大で制作する。
-
色は、ペインティングではなく、自然発色により、できるだけ忠実に再現する。
-
修理を行う部材は、現状を変えることなく、補強を図る。
前振りが長くなり過ぎてまたもや結論にたどり着けなくなると申し訳ないので、ここでいきなり結論を書きます。
新調されたばかりの東塔の相輪が古く見える理由。
それは要求事項No.3を満たしたからなのです。
つまり、「あえて古く見えるように表面を処理した」。
これがこの記事のタイトルに対する回答です。
ここから先は、またしても自己満足的長文ですので、お急ぎの方におかれましては、ここで☆マークを押していただいても全然構いません。
では、いったいどこの誰が、どんな技術でそれを成し遂げたのか?
それの何がそんなに難しいことなのか?
もう結論は書いたのであとは衝動のまま(文字数気にせず)書きたいと思います。
古代のレシピに従う難しさ
銅93%、スズ2%、ヒ素2~3%という古代のレシピは明らかにされましたが、そんな組成の材料を扱った経験がある人など現代にはいないわけです。
私、合金のことは35年前に大学の授業で習っただけで全く詳しくないですが、1%でも添加物が異なれば別物と思うべきで、新しい組成で製品として仕上げるには相当のノウハウが必要になるはずです。
だいたいその組成の材料に対応できる設備が必要ですし、水煙再製作のためには1トンもの大量の合金材料を提供しなければならないということです(参考文献2)。
もちろん、試行錯誤のための十分な時間があれば良いでしょう。
しかし、公金が導入されるこの事業、予算執行の制約もあり、発注から納期まで全く時間が足りないのです。
それはもう業者泣かせなほどに。
全ての作業を完成させて納品するまでの締め切りは2019年(平成31年)1月と決められました。
契約締結後、作業が開始されたのが2018年(平成30年)1月。
そこから納期まで、たったの1年しか猶予がありません。
実際には、契約工期期間は第一期と第二期に分かれ、実質的な作業期間はそれぞれ4か月と6か月しかありませんでした(参考文献1)。
業者泣かせです。
こんなタフでリスキーな仕事をいったいどこの誰が引き受けるでしょうか?
それが富山県高岡市の「伝統工芸高岡銅器振興協同組合」です。
douki-takaoka.jp
同組合のホームページを見るとまず書かれているキャッチコピーが
この一瞬に魂をそそぎ込む
です。
単なる宣伝文句ではありません。
この組合の職人さんたちは、本当に魂をそそぎ込んでいるし、本当に一瞬にかけているとしか思えないのです。
それを今から説明します。
組合ですから複数の企業からなる集合体です。
その企業群の中に、古代のレシピに基づく未経験の合金製造を引き受けた企業がありました。
高岡市のエイト金属株式会社です。
従業員30数人の小さな会社です。
この会社が1300年の時を超えて古代の合金を現代に復活させ、次の1000年にバトンを渡す偉業を成し遂げたのです。
銅器振興協同組合の梶原理事長(当時)が、エイト金属の松原社長(当時)に頼んだそうです(参考文献2)。
あなたが「うん」と言ってくれないと、私はスタートできない。高岡のために挑戦してくれませんか。
なんというプレッシャー。これは断れない。
しかし、その時点ではできる確証などなかったはずです。
なにしろ誰にも経験がない作業です。
それでも引き受けるしかない。
そして、もし合金作りで失敗したら後工程が全てダメになるというとてつもない重圧。
松原社長は一言「わかりました」と言って引き受けたそうです。
漢です。
一瞬に魂をそそぎ込む仕事をしてこなかったら、こんな場面で即断なんてできないでしょう。
想像するだけで身震いします。
鋳型にそそぐ、魂をそそぐ
水煙の作り方ですが、ざっくり言うと
- 読み取った東塔水煙の形状データをもとに原型を製作
- 原型を使って鋳型を製作
- 高温に熱した溶融金属を鋳型にそそぎ込む
- 冷えて固まったら型を外す
- 完成
さて、問題は工程3です。
溶融金属を鋳型にそそぎ込む作業のことを「注湯(ちゅうとう)」と言うそうですが、さすが東塔のための水煙だけあって、「注湯式(ちゅうとうしき)」が行われました。
1200℃に熱せられた溶湯(ようとう)を耐熱素材の鋳型にそそぎ込むとき、その周りでは加藤朝胤執事長ら薬師寺関係者による読経と拍子木が響き渡り、厳粛な空気の中、この作業工程は完全なる神聖な儀式として執り行われました(参考文献1)。
こんなプレッシャーのかかる中で作業できるでしょうか?
考えてみてください。
あなたが火にかけたやかんの中のお湯がぐらぐらと沸騰し、それをポットに注ぎ込むときに、あなたの一挙手一投足が衆人から注目され、それだけでなく、読経と拍子木で雰囲気が厳かにピーンと張り詰めているわけです。
絶対手が震えてこぼしてしまいますよね?
しかも扱うのは単なる沸騰したお湯とは違い、古代のレシピで作られた替えの効かない予備もない、唯一無二の劇レア材料です。
失敗は絶対に許されないわけです。
ここでもう一度あのキャッチコピーを思い出してください。
この一瞬に魂をそそぎ込む
いや、だからこのフレーズは伊達じゃないのです。
この人たちは、ほんとにいつもこんな仕事してるわけです。
どんどん上がる価値、そしてますます失敗が許されない
ちょっと、おさらいします。
- 組成の分析が完了し、古代のレシピ完成(←これだけでも凄い快挙)
- そのレシピ通りに、前人未到の合金を1トンも製造(←これが出来ないと、その後の工程が全滅するというプレッシャーの中、短期間でやり遂げた。)
- 貴重な合金を溶融し、厳粛な注湯式の中、鋳型へ注入(←一発勝負の絶対失敗できない神聖なる儀式)
どうです?
工程が進むたびに価値が爆上がりし、それを後工程の職人が引き取るわけです。
工程のバトンを渡すたびに、プレッシャーが雪だるまのように膨らんでいく、そんな仕事を実行したのが、伝統工芸高岡銅器振興協同組合です。
一発勝負の自然発色
鋳上がった水煙は褐色をしています。
相輪を新調するにあたって設定された4つの要求のうちの第3
色は、ペインティングではなく、自然発色により、できるだけ忠実に再現する。
これを満たすためには、鋳上がった水煙の表面を化学的手法により処理するしかありません。
精神と時の部屋で1000年放置してくるわけにはいかないのです。
で、化学的手法とはすなわち不可逆な手法です。
つまり、これも一発勝負。
しかも、注湯式を経たあとの水煙ですよ!
「やー、すみません。ちょっと失敗しちゃったんで合金作るところからもう一回いいですか?」というわけにはいきません。
こんな、プレッシャーのかかる仕事をいったい誰がひきうけるでしょうか?
㈱立川工芸の立川善信代表がこの重圧を引き受けました。
参考文献2によると、薬品を調合し伝統技法で銅のサビ(緑青)を発色させたそうですが、微妙な色合いの違いに応じて薬品の調合を使い分けたのだそうです。
そして、この調合は一子相伝で門外不出だとか。
凄すぎる。
こんな世界が現代の日本にまだ存在していることに驚愕です。
この一瞬に魂をそそぎ込む仕事によって完成したのがこの色合いです(↓)。

1000年以上経過したようにしか見えませんよね。
塔の上に設置する前に、オリジナルの東塔水煙と新調した水煙を隣り合わせに展示して、特別招待客に御披露目したそうです。(この目で見たかった~)
朝日新聞のYoutube動画でその貴重なシーンが出てきます。
youtu.be
伝統工芸都市 高岡市
私、高岡市にはまだ行ったことがありません。
どんなところか、今回調べるまで全く知りませんでした。
高岡市とは、塔の本体である相輪を古代と全く同じように新調することができる技術を極めた職人集団がいる場所。
ということがわかりました。
何百年にもわたって伝統を受け継いできた地域。
それが、世界に誇る伝統工芸都市 高岡市です。
そして、そんな工芸都市が存在するおかげで、東塔の相輪は見事に新調され、次の1000年にバトンを渡すことができました。
もし、これから薬師寺を訪問する方は、是非東塔の相輪を見るときに高岡市のことを思い浮かべていただければと思います。
参考文献
- 加藤朝胤他6名, ”よみがえる白鳳の美 国宝薬師寺東塔解体大修理全記録”, 朝日新聞出版, 2021年
- NHK「新プロジェクトX」制作班, "新プロジェクトX③ 「薬師寺東塔 大修理」", NHK出版新書, 2024年